2011年4月18日

宮城県東松島市に救援物資を届けてきた

先日の記事で宮城県東松島市の写真を提供してくれた友人からや、各ホームページやブログなどを見て現地でまだまだたいへんな生活をおくっている被災者を支援しようと、IRCのメンバーに声をかけて有志にて自腹支援を行いました。
4月の始め頃に計画を練り始め、資金と実行メンバーを決めて16日(土)の夜出発~17日(日)の朝到着というスケジュールとなりました。

基本的にソロ企画に近いので、物資集めを一人でやる状態に。奥様にお願いして、町内会の方に声をかけて貰って幾分かの物資をわけていただきました。また町内に八百屋さんが住んでおり、朝市の方へ連れて行っていただき、かつ事情を説明していただいて安く野菜や果物を購入する事ができました。
あとはひたすらオーケーストアなどのディスカウントスーパーやドラッグストアなどを巡って主に食料と衣料品(下着)を買い集めました。

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こちらの写真は積込み中の様子。レンタカーのレジアスエースが満杯になるほどの物資が最終的に用意できました。

17時頃自宅を出発。秋葉原に寄ってLEDライトやソーラーラジオを購入し、現地へ行けないIRCメンバーと夕ごはんを食べ、手厚い送り出しを受けて21時に練馬の同行者のメンバーと合流。

東北道を交代で運転しながら朝7時頃、東松島市矢本のメンバー自宅へ到着。合流して野蒜(のびる)・東名(とうな)の方へ向かう。

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何度も写真では見ていたけれども、実際にその様子を見ると悲惨そのもの。しばらくすると慣れてはくるものの言葉を失うってのはこういうのを言うんだなと。

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野蒜(のびる)の東側のあたり。この辺りは特に津波の被害がひどく、あるのは瓦礫ばかり。

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瓦礫が続く。

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まだ全然水が引いてません。1ヶ月経つのに...

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そんな感じで進んでいって、元避難所で、現在は地元の消防団の詰所になっている野蒜小学校へ着きました。入り口ボロボロですが、避難所になっていたのです。

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早速荷物を下ろします。写真に写っているのは同行したメンバーです。どうみても本職(一応元本職なので正規の格好でもあるぽ?)なので、すれ違う人すれ違う人、ほぼ全てに「お疲れ様です」の挨拶をされるという。

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青い作業服の方が、地元消防団の方です。
みんなでガンガン運んで、車の方も空っぽになりました。
その後、野蒜小学校の中を案内してもらいました。

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野蒜小学校は耐震構造ではあるのですが、階段にもヒビが入っておりますた。とは言っても鉄筋にはヒビが入ってないので大丈夫っちゃ大丈夫ではありますけどね。こちらの小学校は取り崩して廃校となるらしいです。

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1階の廊下です。これでも一応自衛隊の方がある程度片付けてくれた後とのことでした。

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野蒜小学校は結構山の方にあるのですが、1階が全部水没する位まで津波が来ていたようです。

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野蒜小学校の屋上から。校庭の車は近くから集められてきたものです。これでも半分くらいは運びだしたとの事ですが、まだかなりの台数が残っています。
ここでは、消防団長さんから貴重な体験談をいただきました。その様子はあとで動画で公開する予定ですが、報道などでは全く流されていない話などありました。(この様子の動画はこの記事の一番下へ掲載)
その中で特に重要と思ったのが『地震後の防災放送で「津波に注意して下さい」と最初に入った後に停電で放送自体が止まってしまい、サイレンが鳴り続く他の地域に比べ、住民に危機感が出て来ず、小学校屋上で海を見ていた消防団員から大津波が来ているとの連絡から一斉に緊急避難させる状態であった。』という内容でした。
気仙沼での動画などを見ていると、延々放送が流れており、危険度が計り知れたわけですが、たしかに一度きりの放送で静かになってしまえば、停電でラジオ以外の情報源の無い被災地では地震でぐちゃぐちゃになった部屋の片付けを黙々と行う人などが大勢いてもおかしくないのですね。団長さんは震災時は無線が無いとダメだ。とも言っておりました。
こういった本当の事情というのは意外にもTV等では報道されてなかったりするので、なるたけ拡散して欲しい所ですね。

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校庭に駐留している自衛隊車。

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野蒜小学校を後にし、矢本まで戻る途中に見つけました。
流された仙石線の車両です。

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『仙台あおば通り』行きの表示が見えます。
車内もかなり冠水した跡がありました。
架線も支柱から折れてこの辺りにはありませんでした。

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幼稚園から流れてきたらしきものと、小学4年生の教科書らしきものが近くにありました。

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それなりに形が残っている様に見える家でも、1階の部分を見ると無残。

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野蒜駅です。駅がほとんど水没していた事が分かります。

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野蒜駅の別の角度から。砂がすごい量です。

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野蒜駅に貼ってあった避難路マップです。中央に横断しているのが運河になるのですが、この運河より南(下側)はほぼ全て水没してしまっております。先ほどの野蒜小学校ですら1階が水没という状態でした。

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陸前小野の方へもどってきました。
新築物件が床上浸水。「契約済」の文字が寂しいですね。契約主に引き渡される事はないでしょう(引き渡すまでは購入者の所有物にはならず建築主の所有物です)。

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線路の上に船が乗ってしまっております。

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最後に陸前小野駅のホーム。ホームは形を維持しておりますが、周りを見るとひどい有様です。
この後、矢本のメンバー宅まで戻り、矢本東小学校の校長先生の集めている文房具類や児童書を預かってもらい(日曜日だったため、翌日に届けてもらうことにした)、お別れをして17日(日)の13時頃に帰路につきました。
あとはひたすら南下して帰ってきたわけですが、途中道路工事の為に20kmほど渋滞に巻き込まれて2時間浪費してしまい、自宅に帰ってくる頃にはへろへろでした。自宅到着は18日(月)の1時頃でした。だいたい12時間位ほどかかってます。

さて、今回現地まで行ってわかったことを何点か箇条書きにて。
・ガソリンの補給は特に問題無し。車であるならば10km移動出来るだけガソリン残っていればガソリンスタンドが通常営業しているので給油できます。ただし早朝・深夜は除く
・道路の状態が悪い。高速道路でも上下にかなりうねっている部分が多い(福島以北)。
・現地の一般道は大体綺麗に片付いており、パンク等の心配はないが砂が多いので滑らない様に注意が必要。
・風が強い日は砂が巻き上げられるため、マスクは必須。
・自衛隊の方が多くいるので、邪魔をしない。

そして、実際に行ってみないと分からない事がいっぱい。
TVや動画を見ていても分からない何かが伝わってくる。

また機会があれば現地まで行ってみたいです。そして復興された後にも!!

ご協力いただいたIRCメンバーおよび、同行してくれたメンバー、現地で一緒に行動してくれたメンバー、町内会で協力いただいた方々、妻のご両親様、たいへん感謝いたします。

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消防団長様へ話をうかがった時の映像です。貴重な体験談を聞くことが出来ます。

ニコニコ動画を直接開いて見る
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参考までに今回用意した物資の一覧
・野菜ジュース 930ml 60本
・レトルトご飯 120食
・レトルトカレー 120食
・味噌 750g 10個
・即席味噌汁 900食分
・砂糖 1kg 5個
・塩 1kg 5個
・醤油 1L× 5本
・マヨネーズ 500g 5本
・ウェットティッシュ ボトル型 10本
・缶詰 158個(りんご・あんず・パイン・焼き鳥・かつお・さば味噌・いわし・フレーク・ホタテ貝・にしん・さんま・コーン)
・バームクーヘン 10個
・韓国のり 24個
・切り餅 1kg 5袋
・魚肉ソーセージ 160本
・シャウエッセン 40袋
・ジャム 15個(いちご、りんご、あんず、ブルーベリー、オレンジマーマ)
・漬物 15パック(白菜・大根)
・チョコレート 2袋
・飴玉 100個 2袋
・ふりかけ 100個
・ドレッシング 5本
・バランス栄養食 30個
・プリン 12個
・食パン 6斤
・たまご 10個入り 5パック
・インスタントコーヒー 3パック
・清酒 720ml 10本
・レタス2箱(大玉8個入り)
・バナナ3箱(6本5房入り)
・いちご10箱(4パック入り)
・きゅうり4箱(45本入り)
・トマト 2箱(24個入り)

・45Lポリ袋 22枚入り 15個
・割り箸 70本入り 6個
・紙コップ 50個入り 5個
・紙皿 10枚入り 21個
・アルミホイル 10本
・サランラップ 48本
・キッチンタオル 4本入り 12個
・ビニール紐 10個
・軍手 60手
・マスク 60個入り 20個
・水タンク 8L 10個(折り畳み型)
・LEDライト 10本
・ポータブルソーラーラジオ 3個

・お口洗浄液 5本
・Tシャツ 2枚入り×25
・靴下 60足
・赤ちゃん用紙おむつ 6袋
・おしりふき 10袋
・生理用品 10セット
・女性用下着 78着
・男性用下着 10着
・子供用服 4着
・浴衣 少量
・手編み帽子 10個くらい

・大学ノート 200冊
・ボールペン 100本
・コピー用紙 500枚入り×5
・クレヨン12色 10個
・シャーペン替え芯 40個
・消しゴム付き鉛筆 20ダース
・色鉛筆12色 10個
・B4画用紙 40枚×20冊
・鉛筆削り 20個
・消しゴム 65個
・児童書 44冊

・ドッグフード 3袋
・キャットフード 2袋

だいたいこれだけで27万円分くらい。
他にレンタカー代やガソリン代、高速代なども別途かかります。


2011年4月 1日

東北地方太平洋沖地震後の東松島市の様子 その1

宮城県東松島市の友人が被災地の写真を送ってくれましたので、先日に続いて紹介したいと思います。
友人の家は地震の方では家財道具が倒れたり散乱したりとの被害で済みましたが、海から結構離れているものの津波が床下浸水する程度の被害に遭いました。
町の方は海に近い方は流されてしまっており、まだ運輸周りについては完全に回復してません。友人に何か送ろうとしたのですが、支店までしか送れず、その支店も10km離れているとの事で、もうちょっと落ち着いてから送ろうと思いました(近所の支店は津波で流されてしまったみたいです)。
写真のコメントは撮影者の友人によるものです。


写真の現場はこの辺り付近になります。
(google mapは重くなるので1枚のみにしました)

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田んぼにガレキと車が流れ着いている

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東松島市、運動公園の児童遊具置き場。車が流れ着いている。

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同じく運動公園より。遊具に乗り上げている。

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上の写真のズームしたもの。

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同じく運動公園。野球場周辺の丘?に車が乗り上げている。

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その横から撮った物。

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こちらも運動公園より。花壇にタクシーが乗り上げている。

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運動公園外柵。津波の影響で、フェンスを押し曲げて車が突っ込んでいる

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外柵その2。津波の力で、フェンスが倒れている

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運動公園横の歩道。流れ着いたガレキで、歩道が無い。

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運動公園付近用水路。津波の影響?で車が頭から突っ込んでいる。最もシュールに感じた。

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ここからは大曲横沼。0150と同じで、田んぼにガレキが流れ着いている。

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場所同上。家の2階部分だけが、津波で押し流されているのが見える。

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場所同上。同じく別の家の2階部分が流れ着いている。

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左側の家のアングル違い。

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大曲横沼、田んぼ際に建っていた家。窓ガラスに線が残っており、並の高さが窺える。なお、この家は周囲に比べてガラスが割れていないだけ損害軽微といえる。

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大曲横沼、田んぼ横の電信柱。マンガの様に折れている。

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大曲横沼、船が家に突っ込み、車が水に嵌っている。この川に見える場所は、元は田んぼだったが、海に繋がる川が決壊し、潮の満ち引きで水位が変わる。

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左の車方向にアングル変更。農道に家の残骸?が。

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西田と櫓前の間の道。田んぼ横の車に、流れ着いた木材等が。

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櫓前の田んぼの画像。ほとんど川に近い。

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西田の田んぼ横の家。ビニールハウスに車が乗りあげてしまっている。

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櫓前の田んぼ方向。車が数台、ひっくり返されている。

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道下、大曲第2排水機場方向。自衛隊のヘリが低空をホバリング。

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道下、田んぼ方向。せっかくの重機が水につかり、キャタピラ部が錆びている。手前には鯉の死骸が打ち上げられていた。

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道下から石巻街道方面のアングル。川ではなく、元田んぼに車が入り込んでいる。

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道下の田んぼ方向。死んだ魚が多々いた。

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同上。

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西田から南浜方向へ。歩道と車道の縁石だが、歩道が水に浸かっている。

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場所同上。コンクリートが歪み、田んぼ方向へと・・・

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南浜方向。道路の横に船が打ち上げられている。

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船を、もう少し近くから撮ったもの。右奥に、さらに大きな船が打ち上げられている。

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北上運河。もはやガレキでひどいことに。

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橋の反対方向。0181の後方に写っていた船が見える。

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北上運河横の遊歩道。よく見ると、白線が引いてあるコンクリが、壊れているのがわかる。

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大曲上台葬祭場のお墓。墓石が倒れている。

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同上。

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県道247号線、下前横の歩道。船が歩道にあり、ガードレールはひん曲がっている。

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航空自衛隊松島基地。この写真には写っていないが、ハンガーには全国からの支援車両が多々集まっていた。望遠写真じゃないとあれは撮れません。


2011年3月29日

東北地方太平洋沖地震後の陸中八木駅付近の様子

東北地方太平洋沖地震から2週間あまりが経過いたしましたが、友人が岩手県に住んでおり被災しました。幸いにも津波等の影響もなく、電気・通信等のライフラインも早くに復旧したため無事の確認が取れましたが、その友人が被災地の様子の写真を撮って送ってくれたので、現在がいったいどの様な状態なのかを紹介したいと思います。

JR東日本 八戸線の陸中八木駅付近の様子となります。


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なお、写真はクリックすると拡大して表示されます。
また、掲載した写真につきましては、商用による再利用を行う際には必ずご連絡願います。撮影者に確認の上、可否についてのご返答を行います。

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今回の震災に対して、自分も義援金を出しました。
各機関で口座を開いておられますが、一番確実に最速で支援出来ると思われる日本赤十字社の方へ少しながらの振込みを行いました。
これからと思われた方は、下記の日本赤十字社への振込みをおすすめいたします。
クレジットカード払いにも対応しております。領収証も発行されます。
日本赤十字社

※領収書を発行されない機関については税金対策に利用されたり、他の用途に使用される可能性がありますのでご注意下さい。